太極拳に出会って初めて放鬆(ファンソン)を知った

まずは、とにかく緩める


20年前に太極拳を始めてから、初めて放鬆(ファンソン)という言葉を知った。太極拳をするときも、中国の気功健康法などを行うときも、体全体の筋肉を緩め、特に関節まわりの筋肉は緩めて、いつも緩やかに動ける状態にしておく。


運動不足が続いている人や高齢者などは関節の可動域が狭くなりがちで、可動域が狭くなると体の柔軟性も乏しくなり、怪我をしやすくなったり、血流が妨げられたりしてしまう。


放鬆の状態では、緩めるのは「体」ではなく「身体」。言ってみれば、筋肉を柔らかく保つだけではなく、自分の「身」を成すもの全体の「心身」、つまり心も精神面も穏やかに柔らかくすることで平静を保ち、焦ることを防ぐことで怪我や事故の確率も低くすることができるのである。


人は、仕事の場面や、学生なら学校での大事な発表の場面などで緊張することもある。でも普段から放鬆を心がけ、心身を穏やかに緩やかに保ちながら、何事にも広い心で、平常心をもって取り組むようにすれば、いつも心に余裕ができ、他人にも自分にも優しく、大らかに接することができるのである。


「短気は損気」というが、つい先日、テレビのニュースでこんな事件を知った。あるバイクに乗った女性が、自転車の男性に対して“あおり運転”をして書類送検されたというもの。この女性と男性は近くで接触しかけ、口論になったという。そしてこの女性は、警察に「頭に血がのぼった」と自供したらしい。

頭に血が上るという状態は、つまり体全体=上半身と下半身の調和が取れていない。体と心のバランスも取れていない。


人間誰しも生きている限り、他人とちょっとしたトラブルが起きてしまい、ときには頭に血が上るような事もあるだろう。でも、そこでちょっと一呼吸おいて、身体を緩め(放鬆!)、「いや、ちょっとまてよ」と立ち止まって一瞬考え、理性的に物事に対処できれば大事にならずに済む。


太極拳は「上虚下実」。下半身は肢体をアーチ型に保って安定して立つ。上半身はその上に乗っかる。頭は、頭頂の百会のツボを真上の天井に向け、首筋もしなやかに伸ばす。体のどの部分にも無駄な力は入れずとも、バランスよく立てるのである。


武術的な観点から太極拳をみた場合も、激しく敵に挑む感覚は不要。敵と対峙するにも、無駄に力んで興奮して我を見失った方が負け。

健康法として太極拳を行う場合も、放鬆を実現して筋肉の無駄な力みをなくす事こそが全身の血流を促す。毛細血管までケアできる。


放鬆といってもフニャフニャ、グニャグニャにはならない


緩めるといっても、ダラーンとだらしなく緩むのではない。体の中心軸は、シャキッと一本の筋が通っている状態にする。肛門や会陰もダラーンとしないで堤肛を実現し、無駄な力は入れないが軽い引き締め感をもって動いていく。すると全身に無駄な力を入れなくても、安定してバランスよく立って動くことができる。

放鬆によって、自分の身体を自由自在にコントロールできるよう、心身を整えるのである。


太極拳をしているときの体の状態は、パスタのアルデンテや、串にささった3連の団子みたいなもの。中心部をシャキッと芯や竹串がまっすぐ通っているのである。あくまでも周囲の団子の部分はふわふわと柔らかく。


無駄な力を抜き、静かな心持ちでゆったり呼吸しながら動いていると、座禅のように五感が研ぎ澄まされ、かえって感覚が鋭敏になっていく。これも太極拳の醍醐味の1つである。


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