興味深い「中国の伝統武術家と総合格闘家の戦い」

アッサリ負けてしまった中国の伝統武術家たち


先月(
11月)下旬、テレビで面白い番組が放送されていたので、シッカリ録画してから観てみた。NHKのドキュメンタリー「真実への鉄拳〜中国・伝統武術と闘う男〜」という番組だ。

ある中国の総合格闘家が、伝統的な中国武術の達人たちと実際に技で戦い、彼らをことごとく打ち負かしてしまった。(この番組自体は2017年頃の出来事を編集したもの)実際の番組内容は、「伝統武術VS総合格闘技」という単純な図式ではなく、もっと政治色のある内容で、武術うんぬんだけではなく、愛国心のあり方が問われるというテーマだった。

番組内容によると、「伝統的な中国の武術家と、その武術家を応援している国民は愛国心が強い」傾向にあるという。

過去に中国でイップマン(ブルースリーの師匠)の生涯を描いた映画が作られていて、その映画の影響もあって、「伝統武術と愛国心」を絡めて考える人が増えていったらしい。この映画のストーリーの中で、イップマンが日本軍将校と一対一の対戦をしており、そのことが余計に愛国心を高めることに繋がったらしい。

だいたい中国に限らずどこの国でも、海外に誇ることができる文化や芸術や武道、こういったものは愛国心を駆り立てる要素がある。それで近年の中国では、伝統武術家の人達が自分の権威を示すため、敢えて「自分は愛国者だ」と声高にSNS等で発信するケースが多いという。

逆に、この番組に出ていた総合格闘家は、伝統的なものを否定する反逆者のような扱いを不当に受けてしまったらしい。
これは、あくまでもこの番組の中で扱われた中国国内でのエピソードとして描かれた内容であり、実際の中国社会では、おそらく全ての国民が「愛国心を持っている」「持っていない」のどちらか二派に完全にパカッと分かれている訳ではなく、きっとグレーゾーンに考え方を置いている人も結構いるのではないだろうか。

とにかく放送内容をみる限りは、伝統的なものを否定して何らかの抗議行動に出ると、保守的な層や関連団体の上層部から爪はじきにされたり、時には“いちゃもん”を付けられるケースがあるらしいのだ。

政治的な内容はさておき、この番組で、太極拳、推手の名人、詠春拳、里合脚(技)の達人といった名だたる達人たちが、この総合格闘家グループとジムで実際に戦い、あっさりノックアウトさせられる様子が映っていた。

しかも残念なことに、伝統武術家たちは総合格闘家とリングで戦いながら、自分に不利だと分かった途端、途中でルールを変えるよう悪あがきしてみたりと、とにかく往生際が悪く、言い訳ばかりなのだった。

無形文化財にもなっていた権威ある太極拳の達人は、ほんの数十秒で格闘技ジムのメンバーからボコボコにされ、倒れてしまい、最後は無様な格好で横たわっていた。このやられた方の太極拳の達人の道場は、その後弟子が出ていき閉鎖されてしまったそうだ。

この番組を観て、私のような(健康目的とはいえ)太極拳愛好者にとって、太極拳の達人がアッサリと打ちのめされ、ほんの数十秒で倒れ込む映像をみるのは、何ともわびしい気分だった。愛好している欲目があるから、番組を観ながら心の中で「太極拳の達人ガンバレ」と思っていたけれど、達人がアッサリ負けて、観ているこちらは拍子抜けした。

嘘をついた代償は大きかった


伝統武術家たちを成敗した総合格闘家は、伝統武術を真っ向から否定しているわけではなかった。コテンパンにやられた伝統武術の達人たちは、そもそも嘘をついていた。いわゆるペテンだ。ネットやテレビ番組で完全なるヤラセを演じていたのだ。

嘘には、ついて良い嘘もあるかもしれない。でも自分の損得勘定のためだけのペテンの嘘はいただけないし、バレたときカッコ悪すぎる。

番組で取り上げていたヤラセの例としては、伝統武術の達人である初老の男性が、若い巨体の男性と組み合っても微動だにしない様子を映像で流し、あたかも初老の武術家が超人的な技を繰り出しているようにみせ、世間を欺いていたケースがあった。

ほかにも伝統武術家がネットやテレビ映像で、「スイカの外側を軽く叩いたら、表面は何ともないのに中身だけグチャッと崩れていた!」とか、「武術家が腕に乗せた鳩が、飛び立とうとしても、武術家の謎の力(?)が働いて、どうしても鳥は飛び立てない。」という、何とも怪しげな(楊露禅…いや健侯?伝説の模倣か?)インチキな技を世間にみせつけていた。


結局のところ、「嘘」が事の発端であり、彼ら達人は自業自得だったのである。達人たちが、自分の力以上に虚勢を張り、虚構を作り出し、私欲の為に「ワタシは無敵である」「ワタシは負けることがない」というイメージをヤラセ動画で世間に公表していたのだから。

どんなに有名な武術家でも、自分の力を過信したり、自分の本当の弱さを認められなかったり、弟子を集めて儲けるために嘘の映像をネット上に垂れ流していたら、結局、その嘘が暴かれたときに悲惨な結末が待っている。


総合格闘家側の方も、声をあげることで自分のジムを宣伝する目的があったかもしれないが、いずれにせよ、ペテンで伝統武術の名を汚している輩がいることを明るみにし、社会的制裁を与えたかったらしい。そこで、「一部の伝統武術家たちが嘘をついている」と公然と抗議した総合格闘家側が、彼らと実際に対決し、アッサリ打ち負かしたのである。


本当に強い人ほど謙虚だと私は思う


太極拳を稽古していても、ちっとも強くない凡人の私にとって、このような話は直接は関係ないものだが、とにかくこの番組を太極拳の愛好者として興味深く観た。

結局、どんなに強くなろうと、どんなに名声を得ようと、謙虚な気持ちがなくなった終わり。負けや自分の弱さを認めるのも強さ。本当に強い人は、しっかりした己の美学を持っていながら、謙虚さをも兼ね備えていると思う。

武術やスポーツの世界だけではなく、学問などの分野でも、有能な人ほど謙虚で自分の足りない面に気付いており、日々精進していくのだと思う。IPS細胞の山中教授だって、最高峰の研究者なのに、テレビ番組などでみかけるときは、いつも謙虚な口調で偉ぶったところが一切ない。

イチローさんや松井秀喜さんだって、現役当時インタビュー等でみた限りでは謙虚な感じだった。ちなみに私は昔、とある地方の空港の通路で松井秀喜さんとすれ違った。そのとき私の同行者が、「ファンなので写真を一緒に撮って欲しい」とお願いすると、笑顔で気軽に応じて下さった。爽やかな印象の好青年だった。

映画やテレビに出ている、いわゆる“売れてる芸能人”だって、謙虚さを保ち、地道に本業で努力を重ねている人は、たとえ地味でも生き残っていく人が多いのではないか。もし売れている現実に対して、おごり高ぶって謙虚さを失ったら、結果的に仕事の現場で評判を落とし、敵を作り、先々の仕事に支障が出てくると思う。

やはりどんな世界でも、結局は人間性が伴わないと他人はついて行かない。最初は良くても、長くは周囲からの評価は得られないのではないか。嘘やペテンで塗り固めて得た名声や信頼は、簡単に地に落ちてしまう。


巨漢から突進されたら厳しいだろう、
でも護身術としてなら使えるはず


私のように太極拳を学んでいる身としては、健康目的でやっていて強さを追求していなくとも、武術的な動きのノウハウも多少は学んでいるわけで、「太極拳が実戦的かどうか」というのは以前から度々頭をよぎっていたテーマである。このドキュメンタリー番組をみた限りでは、総合格闘家に勝つのは厳しいと思えた。相手を翻弄して持久戦に持ち込める技術があれば、案外強いのではないかとは思う。


もともと、私はこんなふうに考えていた。(例えばの話だが)日本の相撲の力士が、中国伝統武術の達人と戦ったとして、力士が瞬時にドッカリとぶつかった時点で、伝統武術家はすぐにふき飛ばされてしまうだろうと。

強い力士と一瞬のうちにぶつかれば、その場で「相手の力を読み取る」とか、「力の加減を調節して相手を無力化しよう」なんて悠長なことは言っていられないはず。本物の力士レベルのぶつかりを食らえば、もうどうしようもないだろう。

だからこのテレビ番組をみて結果には納得したし、異種同士の実戦とはそんなものだろうと思った。
結局、強くて俊敏な動きをする怪力の持ち主には、太極拳の使い手が勝つのは難しい面があるだろうし、劣勢になれば、達人でも再び態勢を整えるのは難しいのだろう。

でも、太極拳のいちファンの私としては、太極拳の可能性は信じたい。広い世界のどこかには強い達人が沢山存在するだろう。もし攻撃性に問題があったとしても、護身術としてなら機能すると思う。

そもそも太極拳は、構えや戦い方が受け身というか、組み合いの初動は後発先至である。力が弱い人、高齢の人に至っては、いかにして強い相手の力を利用して、自分優位に転じるか、そこを追求する訓練をやっていく。

異種である格闘家とやりあってボコボコにされるのは、避けられなかっただろう。散打などでは非常に強靭な体力を持つ人がいるようだが、こういった人ならこの総合格闘家に勝てただろうか? 私は門外漢なのでよく分からないのが正直なところだ。

私のような愛好者は、自分の太極拳をひたすら追求し、稽古あるのみ。私は健康目的でやっているので、その効果ならシッカリ感じている。気持ちよく運動できているし、バランス感覚も良くなっている。稽古の継続が、自分の心身の健康に寄与しているのがハッキリと分かる。

体のあらゆる個所を機能的に使う訓練をするには、太極拳は最適
だと思っている。自分は、実際に巨漢と戦うことはないので、強い弱いを過剰に意識せず「自分の太極拳を深めたい」の一心である。

太極拳は武術だから「武術家として強くあることに物凄くこだわりたい」という人からすれば、私の考えは邪道で柔なものに聞こえるかもしれない。でも自分がどんな稽古を重ねていきたいのか、自分はどういう太極拳をやっていきたいのか、自分のどこを重点的に強化したいのか、こういった事は人それぞれ微妙に違うケースもあり、
自分自身が納得してこその稽古と思う。

私自身は、未熟で、不安定で、実力がない。もっと自分に自信を持ち、「自分の太極拳はコレだ!」という揺るぎない自信をいつか持つ事ができれば良い。他人の失態に動揺することなく、毅然として、割り切っていられるように。

ヒヨッコ愛好家の私は、まだまだ身心の鍛錬が足りない。自分が稽古する目的や愛好する心を大事にしながら、これから先も果てしなく習練を積んでいこうと思っている。



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