人生の選択と、手繰り寄せる素晴らしい人々との出会い

今年に入り、私が最初に太極拳を習った先生(R先生・90代)が亡くなられた。今はまだ実感がわかない。今もお元気で、お孫さんや曾孫さんに囲まれて暮らしていらっしゃるような気がする。

R先生は、数年前に遠方へ越して行かれたので、そのあとは電話や葉書のやり取りで交流してきた。以前、電話で話したとき、「90年も生きてきて、こんな事(=コロナ禍)は初めて!」と、ハリのある元気な声でおっしゃっていた。そのときの会話が、R先生と私がお話した最後になってしまった。


太極拳の楽しさを最初に教えてくれた人


20年前、私が稽古を開始した当時、R先生は70代に入られていた。その頃のR先生の太極拳歴が、ちょうど現在の私の太極拳歴くらいだった。

私はR先生の指導を
10年間しっかり受け、そのあとは気功、推手、棒術などの稽古を通して、何人かの指導的立場にある素晴らしい方々の教えを受けてきた。ただ、やはり最初に御指導いただいたR先生への想いは、自分にとって特別なものであり、R先生との日々が私の太極拳の原点である。

そもそも私は、太極拳にさほど興味があって始めたわけではない。足の怪我のリハビリのつもりで始めたので、最初は長く続けるつもりはなく、ましてや自分が教える立場にまわるなんて考えもしなかった。

おまけに稽古を開始した頃の私は、諸事情で忙しく、精神的な余裕もなかったので、「太極拳はいつ辞めてもいいな~。」と身の入らない状態だった。

でもR先生は、そんな私の状況に配慮し、励ましの声をかけ続けて下さった。私が辞めることなく稽古を続けられたのは、R先生の存在があったからだ。

当時、R先生が私におっしゃった事で、印象に残っている言葉がある。R先生は、稽古に対する私の気持ちがフラついている事をご存じだったので、「もうねぇ、コレをやっていく!…と自分の中で決めてしまえばいいよ。そうしたらスッキリするよ。」とおっしゃった。

そして、こんなふうにもおっしゃった。「貴方は私よりずっと若いんだから、この先何十年も太極拳できるよ。奥が深いから飽きることもない。稽古を続けて良かったと思える日が絶対に来るよ。将来指導者になり教室を開いて、太極拳の良さを伝えていけば良い。」


蓮


決断するのは自分自身


「自分の中で決めてしまえばいい」、この言葉はどっちつかずだった自分に響いて、すごく印象に残った。

私は幼少の頃から、親の勧めや友人の誘いで複数の習い事を経験してきた。その全てが中途半端で、あまり長続きしなかった。

ピアノのレッスンだけは何とか
10年間続いたものの、先生が怖くてレッスンが楽しくなかった。有名音大を出た綺麗な人だったけど、私が弾き間違えると、その先生はイライラして怒り、鍵盤をバーン!と叩く。小学生だった私は、その音にビクッとする。毎週ピアノのレッスンが憂鬱だった。

それでも
10年間続けたから、そこそこ弾けるようになり、中学では合唱コンクールの伴奏を何度か務めた。その頃が私のピアノ人生のピークで、それ以上はもうできない!…となって辞めた。

辞めたとき残念な気持ちはなくて、ヒステリックな先生にもう会わなくていい事にホッとした。そんなこんなで、大人になって太極拳に出会うまでは、なかなかコレ!というものに出会えずにいた。

太極拳に出会ってからは、R先生の熱心な指導に導かれ、飽きっぽかった私も稽古を継続できた。動きに慣れると同時に、学べば学ぶほど深くなっていくその世界に魅了され、夢中になれるものに出会った実感がわいた。

底なし沼のように理論の奥が深く、決して飽きることのない世界に出会った今、ライフワークとして私が太極拳を楽しめているのはR先生のお蔭である。辞めずに稽古を続けて良かったと、心の底から思う。

今は、【忙しい時や精神的に余裕がない時ほど、心身の安寧のために太極拳が必要だ】と確信している。

「自分の中で決めてしまえばいい」、これは簡単なようで難しい。

習い事に限らず、「何かを継続してやっていく」と決めたとき、意思が弱ければ簡単に辞めたり、サボったりしてしまう。

おまけに、何かを続けられずに断念したとき、つい言い訳を考えたりする。その言い訳というのは、多くは外的要因のせいにしてしまいがちである。

「自分以外の何かに原因があり、仕方なく辞めたのだ。」と、途中で投げ出した自分を正当化したくなる。でも最終的に継続を断念したのは自分自身である。

やり甲斐が感じられる好きな事に出会えば、忙しくても「これは辞めずに継続するんだ」と決め、時間配分を工夫して細々と続けられる。現に、超多忙なビジネスマンでも、趣味を上手く生活に取り入れ、プライベートを充実させて仕事と両立する人は沢山いる。

忙しい時ほど、精神のバランスを取るため好きな事に費やす時間が欲しいし、「時間の使い方」と「精神のコントロール」が上手くいけば継続できる。


ポジティブな方向へ導いてくれた先生


「何かを辞めずに続ける」という決断をするには、まずは判断材料が要る。継続するか否かを判断するとき、新人の場合どうしても先生や先輩に影響される。

先生や先輩が惰性で稽古に取り組んで、新鮮味なく活動していたら、後輩達のやる気も失せるだろう。指導者、先輩の態度は、良くも悪くも経験の浅い後輩達に影響する。

その点、私は恵まれていた。R先生の場合、とにかく太極拳が大好きというのが常に伝わってきたし、稽古熱心、指導熱心な方だった。良い先輩、良い仲間達にも恵まれた。

R先生との套路中心の稽古の日々を過ごす中で、私の学ぶ意欲は年々増していき、途中から「自身のステップアップの為に推手を学びたい」と思うようになった。しかしR先生の教室では推手の稽古をしていなかったので、私は他所の推手教室へ通うことにした。

そのことを相談した時、R先生はこうおっしゃった。「貴方は私よりずっと若い。だから将来の為にいろんな事をもっと学ぶべきだろうね。貴方のやりたい気持ち、よく分かったよ。」、そういって推手教室の主催者へわざわざ電話を入れて、私の事をよろしく…とお口添えくださった。

指導者によっては、弟子が他所の指導を受けることを好まない人もいるだろう。でもR先生は私の気持ちを汲み、お口添えまでして下さる心の広い人だった。あのとき電話して頼んで下さったことは決して忘れない。

R先生のお蔭で、私は太極拳を辞めることなく、現在は指導する側にも立っている。地域の多目的施設やカルチャーセンター等では、沢山の新しい出会いもあった。個性あふれる楽しい人達と、稽古をご一緒できる日々。好きな事がある生活とは、なんと心地よいことか。

もちろん生きている限りストレスがゼロになることは無いので、たまに生活の中で嫌な事があったり落ち込む日だってある。そんなとき、仲間と好きな稽古に費やす時間があるだけで、心が和らぐ。

R先生は、私が初めて出会った時、すでに一般的に高齢者と呼ばれる年齢に達していらっしゃったけど、太極拳を長く続けているだけあって姿勢も良く、声にハリがあった。

教室では、太極拳の関連書籍を積極的に紹介したりして、自ら学び続ける姿勢をみせて下さった。そんなR先生の姿をみて、私もこの先、年々老いるのならば、向上心を忘れる事なく老いていきたいと思った。


好きな事がある生活をおくる喜び


R先生が稽古中によくおっしゃっていた言葉も、いっぱい覚えている。

例えば、「太極拳の動きは“理に適った動き”」という言葉。稽古を始めたばかりの頃の私には、その意味がよく解らなかった。

でも今はわかる。合理的、緻密、無駄を省いたシンプルな動き、心地よい感覚。武術由来の動きなのに、健康法として生活に取り入れる事ができる。筋肉を酷使せず、緩め、ほぐす。

最近
NHKTV番組で、古武術の姿勢や動作を日常に活かす、というのを観た。古武術の無駄のない動き、無理のない立ち姿勢、深い呼吸、これらの身体づかいは太極拳と共通している。ジャンルが違っても、「無駄をそぎ落とした合理的で心地よい動き」は共通するものなのだと実感した。

R先生は、ご自身の人生において約
30年間、太極拳を楽しまれた。

ある日の稽古では、こんな事をおっしゃった。「私が太極拳を続けながら、どんなふうに老いていくのか見ていなさい。それを自分の老後の参考にすればいい。」

先生。私はしっかりと見せていただきました。
80代前半まで、バイタリティをもって複数の教室での指導を続けられたこと。ご自分が指導を引退する時までに、沢山の後輩を育てられたこと。

太極拳は、何歳になっても続けられる、辞めなくていい。真面目に稽古を続ければ、深い呼吸にいざなわれ、お腹の底から声を出し、しなやかに歩を進め、活動的な老後を送ることが可能となる。R先生が身をもって示して下さったことだ。


R先生は、「自分の人生に太極拳があって本当に良かった。これが無かったら刺激のない老後を送っていたかもしれない。」とおっしゃっていた。

人は皆、老いる。老いる過程において、自分が没頭できる好きなものに出会えるかどうかで、老後の暮らしぶりまで変わってくる。

人生は選択の連続だ。

私が
20年前、怪我のリハビリとして「太極拳でもやってみようかな。」と思わなければ、R先生と出会う事はなかった。

飽きっぽい私が稽古を途中で投げ出さなかったのは、R先生の熱心なご指導と励ましの言葉に助けられたからで、もし別の先生についていたらどうなっていたか分からない。

最近、R先生の気持ちが分かるようになってきた。

稽古を重ね、「理に適った動きを体現していく道のり」を飽きずにひたすら歩む、そのことの充実感。

自分の生活の中に、常に好きなものが存在することの喜び。

先生。
90
年の人生を謳歌されましたか。先生からの様々な教訓は、私の中に生きています。これから先は、私が太極拳をしながら老いていく姿を、ずっとどこかで見ていてください。今まで本当にありがとうございました。

先生 メッセージ 風船

コメント

ココ さんのコメント…
初めまして。mayaさんブログからこちらを知り訪問させていただきました。
長く続けられる太極拳との出会い、素敵でうらやましくも感じるお話でした。

自分もなにか人生で打ち込めるものに出会いたいです。
タイチーマルゲリータ さんの投稿…
ココ様

訪問してくださってありがとうございます(^^)

本当に好きなもの、ずっと続けたいと思うものに出会うまで
すごく時間がかかりましたが、
それまで色んな事を中途半端にかじっていた時期も無駄では無かった、
通過点だったと、今はおもっています。

ココ様にこれからたくさんの良い出会いがありますように。

タイチーマルゲリータより
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