「あなたは眠くな~る」

神経のたかぶりを静める

今までに私が立ち上げた教室へ来て下さった方のうち、数名の方から、「稽古に来たら、眠くなってしまうんです~」とか、「先生の声を聞いていたら、眠くなるんです~」と言われた事がある。私は決して催眠術師ではなく(笑)、そう言われるのは呼吸法をやっているから。

何年もご一緒している人は、深く呼吸しながら、みんなで穏やかな空間に身を置くと、副交感神経が優位になり、「ときには眠くなってしまう事もある」と解っておられる。でも初心者の方の場合、戸惑ってしまう方もいらっしゃるようだ。「みんなと一緒にいる時、不覚にも眠くなってしまった!」とか、「眠くなるなんて、集中力が足りないのでは!?」とか、はたまた「稽古中に眠くなるなんて、講師に対して失礼じゃないかな…」、そんなふうに思ってしまい、習い始めの方の中には、恐縮してしまう方もいらっしゃったようだ。

蓮

勿論、稽古中に本当にぐっすり眠り込まれては困るけど、「眠くなった」と言われた時は、少し嬉しかった。皆様の心と体に「興奮」や「過剰防衛」の意識が無くなり、ほどよく筋肉が緩み、精神がリラックス状態にある。そのような状態にあるとき、体内でセロトニンの分泌が促進され、内臓の働きや血流も良くなる。日常生活で疲れた心身を、深い呼吸やゆっくりした動きで癒す事ができれば、稽古終わりには憑き物が落ちたように心身が軽くなる。

みんなで日常生活のモヤモヤを忘れ、呼吸法などを行うと、その場に静けさが漂う。少しばかり眠くなる人がでてくるのは、ヒトの反応として至極まっとうだと思う。心がガチガチに緊張せず、余計なストレスや雑念が抜けている状態は、脳の興奮を静める。

普段、精一杯がんばっている人達の、たかぶった神経を休めたい。呼吸法、気功、太極拳動作などをやっていくうちに、神経過敏な状態が無くなるなら、時間をみんなで共有する意義は大きい。

人間は、仕事や人間関係で、脳疲労を起こすような複雑な悩みを抱えたり、物事を考え過ぎて疲れてしまう事もある。稽古に来たときは、ゆったり動いて、呼吸を楽にして、心身のメンテナンスをする時間を過ごしてもらいたい。

「副腎疲労」という言葉がある。ストレスに晒されると自律神経は乱れ、心身が疲弊し、体内でホルモンバランスは崩れる。そんなときこそ、ゆったりと呼吸しながら、体の内側から整えていくことが大切だ。

よく初心者の方の中には、「動作が上手くできない」とか、「動きを覚えられない」、そんな事を気にしてボヤく人もいらっしゃる。最初からあまり深く考えなくても良い。

まずは精神状態や姿勢を整え、硬直した感覚を無くすことが大切なので、動作の順番が覚えられなくても焦らない方が良い。無駄な力みや興奮を無くす事ができなければ、どのみち太極拳動作は上手くいかない。

私は、人としても、指導者としても、とても未熟な人間だ。日常生活では、毎日いろんな事で悩み、迷い、しょっちゅう右往左往している。そんな私だけど、集まって下さった皆様が、少しでも「脳の興奮を静められる」、そんな空間を作ることが実現できているなら、凄くやり甲斐があるし、教室を立ち上げた事は無駄じゃなかったと思える。


「本質は何か」を人に伝えるのは難しい

これまで多くの初心者の皆様の表情や、体の動かし方を見てきて、皆様がどの程度、力んでいるのか、どの程度、緊張しておられるのか、どの程度、必死なのか、やはり見れば分かる。

これは、ご本人の自覚とは別問題だ。ご本人が「自分は力んでいない。リラックスしている」と思っていても、最初はどうしても、肩や腕、脚などに緊張を示す過剰な力が入ってしまう。

稽古でご一緒するたびに、肩に触れ、軽くポンポンして、「もう少しチカラを抜いて、息を吐いて、肩甲骨も下げてみてください」などと語りかけ、まずは気持ちから楽にしてもらう。

20年続けてきて、いろんな方々とご一緒してきた。以前、異様に”汗だく”になって稽古する人を見た事もあった。夏場の稽古なら、誰でもうっすら汗ばむ事はある。でも、秋でも冬でも、みんなが静寂の中にある時でも、力を込めながら大量の汗を流していた人。

そういう人は、興奮しており心が静まっていない。太極拳の精神面での要素を実現せず、誤った心構えのまま稽古にのぞんでしまっている。始めのうちは慣れないから仕方ないとしても、延々と過剰な力みが取れないような人は、稽古の時きちんと説明を聞いてないか、または、超がつく頑固者かもしれない。

頑固で、他人の助言を受け入れない人の場合、ときに「これがオレの太極拳なんだ!」と、功が進んでいない段階でも妙なこだわりを持ってしまい、必要以上に”力強い動き”をしてしまうケースはある。

このような頑固な人の”過剰な力み”を取り、長い時間をかけて心身のあり方を調整していくのも、指導者の大切な役割だ。強いこだわりを持つ頑固な人の心を溶かすのは、やはり容易ではない。雪解けには長い時間を要する。

”超”がつくほど頑固過ぎる人が、他者の助言を容易に受け入れない場合、根競べみたいになってしまうだろう。でも、そこで指導者の方が焦ったり、ケンカ腰になってはいけない。指導者にとって、自身の焦りをコントロールするのも修行の一環だ。

強い口調で諭すよりも、長い時間をかけて、指導者自身が地道に稽古を続け、謙虚に学び続ける姿勢を見ていただく方が、説得力があると思う。「私はこんなに太極拳が好きなんだ、学び続けることが楽しいんだ、みんなで集まって稽古する場を大切に思っている」、その気持ちが少しでも伝わればいい。

それに、指導者が自ら学び続けることで、参加者の方々に分かりやすく、順序立てて説明できる技量が増す。何かの分野で教える立場になったら、「教える立場を得たから勉強は終わり」では無く、延々と、生涯、勉強して指導力を養うしかない。説得力のある表現で物事を伝えられる技量を持てば、頑なな人の心を溶かす事もあるかもしれない。

実は私、過去に失敗した事がある。もう何年も前の話。”頑固で意固地な気質”の人を指導していたとき、相手があまりにも屁理屈をもって持論を押し付けて来られたため、つい、「これは、○○だから、○○なんです!!」と強めに言ってしまった。あのとき私の方も、気を静める…が励行できていなかった。

過去のそんな経験を通して、私自身、心をコントロールする事を学んできた。気功、呼吸法、太極拳を継続すること自体が精神修養になるので、学びと経験を重ねてきた中で、何があってもあまり動じず、以前より落ち着いて構えられるシーンは増えたように思う。


理解し合うには、まず相手の話を聞いてみるのも良い

”頑固で意固地な気質”の方に出会い、応対するとき、大切なのは、結局は、声をかけ続けること。それしかない。

話が太極拳から逸れるけど、昔、仕事をしていたある職場で、こんな経験がある。我々の職場に頻繁にやってきていた”クレーマーおじさん”がいて、職場の面々は煙たがっていた。

私の職場のT先輩だけは、そのクレーマーおじさんと上手く応対していた。様子をみたら、T先輩は友達のような口調で話しながら接していた。

私も、なるべくそのクレーマーおじさんに応対するときは、ひるまず、朗らかに、話をよく聞くようにした。そうすると、クレーマーおじさんは、T先輩と私にだけは普通に接してくれるようになり、こちらが業務に関わる内容を説明するときも、大人しく耳を傾けてくれた。クレーマーおじさんは、きっと寂しがり屋だったのだろう。

他の職員が煙たがって、「あいつがきたぜ、嫌だな~」と内心思えば、敏感に察し、攻撃的になっていたのだと思う。こちらが「どうぞ」という気持ちで丁寧に対応すれば、きちんと耳を傾けてくれたし、悪い人では無かったように思う。

幸い、太極拳の教室にはクレーマーおじさんはいない。ただ、頑固で意固地な感じで、なかなか他人のアドバイスを受け入れられない人に対しては、とにかく指導者自身がしっかりと理論の勉強を続け、いろんな要素を根気よく、丁寧に、時間をかけ、相手が納得できるまで、何度も伝え続けるしかない。

また、互いに焦らず、基礎的な鍛錬を続ける。例えば立禅をひたすら継続し、その人の心の中の焦りや妙なこだわりを、自然に、徐々に、封じていく。その人の思い込みの中の”型の格好良さ”にこだわるのでは無く、呼吸や筋肉の状態、足裏の感覚など、自分の内面に意識を向ける鍛錬を一緒に継続する。

参加者の中に、最初は噛み合わない人が居たとしても、互いの心の奥に「太極拳が好きだ」、「心身のために、みんなと一緒に続けるんだ」という気持ちがあれば、案外、一緒に長く継続できる。理解し合える瞬間も増えていく。

精神が乱れないためには、手っ取り早く自分の実力をどうにかする為に、焦って頑張り過ぎるのは良くない。かくいう私は、常に反省の日々だ。自分の動きに関しても、そして参加して下さる人の動きに関しても、「早くどうにかしたい」、「今、もっと、こうできるのでは!?」と、つい焦りや欲が出てしまう事はある。人間だもの…。

焦りは自分と相手、両方の精神を追い詰め、指導する側も、習う側も、交感神経優位になり過ぎて、結局は上手くいかない。だから、なるべく焦らず、長い目で、数年単位で、互いの成長をみていければそれで良い。

太極拳というのは、やはり実技と理論の両面から学ぶべきもので、「適当に動いてりゃいいでしょ」という類のものではない。勉強していくべき理論の中身には、動作のコツやヒントが含まれている。それを無視すれば、見当違いな動きを勝手にやってしまう人が出てきてしまう。例えば、ものすごく筋肉や精神を張り詰め、ピーンと緊張させるとか、体軸のバランスを崩した状態で動きながらも「自分の動きは素晴らしく上手くいってる!」と強く思い込んでしまうような状態。

そうならない様に、指導する側が、理論をきちんと学び、相手に動きのイメージを分かりやすく伝えていく必要がある。「力の抜き加減」を調整していくには、確かな理論に裏付けされた分かりやすい説明が、やはり必要になってくる。



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