重い責任を負うという事

印象に残る歴史的な出来事

映像の世紀というTV番組は、昔、若い頃からよく観ていた。加古さんのテーマ音楽も好きだ。いまでもリマスター版、再放送があれば観る事がある。

私は絶対に、この番組だけは、”ながら見” ができない。他の事をしながら、片手間に観るような内容でもない。昔々、高校時代に世界史を専攻したときから、大人になってからもずっと、世界の歴史について知る事が面白く、また、映像の世紀のような番組は重たい内容もあるので、真剣に食い入るように観てしまう。

随分前の事、この番組で東京裁判（極東国際軍事裁判）の特集があった。それを観ながら思った事がある。映像に残っている広田弘毅元首相の様子は印象的だった。広田氏は文官で唯一、極刑になった人だ。文官だった彼にどれほどの責任があったのだろう。本人は、政治の中枢にいた人間として、戦争突入を避ける事ができなかった事を悔い、責任を感じていたそうだ。

私は勿論、戦争が嫌いだ。人命が多く失われる戦争は繰り返してはならない。ただ、あの時代に、もし自分が生きていたとしたら、そして、例えば自分が政治家や軍部の人間であったならば、当時の関係者と同じ行動を取っていた可能性は大いにある。

時代背景のせいにしてはならない…と分かってはいる。だけど、そういう時代だったのだ。現在、今のこの時代になった上で、数十年前の出来事を振り返れば、「あの時の、あの人の行動は間違っていた」と分かる。でも当時の当事者はそれぞれ、その時々の判断で、よかれと思って行動していたかもしれない。人によっては、やむを得ない事情を抱えていたかもしれない。

開戦前なら日本が勝つと勇んでいた人も大勢いただろう。欧米との軋轢もあり、エネルギー問題など切羽詰まった事情もあっただろう。だからといって戦争を正当化する理由にはならないけれど、当時の諸事情や、個別案件への関係者の誤った勇み足での判断、扇動による思想教育の弊害などもあり、歪んだ見識を持ってしまった人は大勢いただろう。

かなり昔、私は城山三郎さんの「落日燃ゆ」を読んだ。小説仕立てだけど、城山さんが熱心に取材を重ね、真摯に書かれたもの。まさに、事実を基にした限りなく事実に近いフィクションだろう。このストーリーからも、そして映像の世紀というドキュメンタリー番組からも見て取れる広田弘毅さんの人物像を通して、戦争とは何だったのか、人のエゴとはどこから来るのか、責任を取るとはどういう事なのか、いろいろと考えさせられた。

東京裁判は、負け戦をした日本側が裁かれる一方的な裁判だった。戦争に勝った方も、負けた方も、互いに他国民に酷い事をしているが、捌かれるのは負けた方。ただし、どこかの国や国際機関が、特定の国を裁くというより、あくまでも関わった人物たちが戦犯として裁かれる形で幕切れとなったもの。ニュルンベルク裁判も同様。戦争に負けるというのは、こういう事なのだろう。

東京裁判の冒頭では、欧米の裁判の通例にならって、被告が「無罪」をまず主張する。これは形式的なものだったようだ。判決がどう出るにしても、最初に「自身は無罪」と発言する事は認められていた。しかし広田氏は、自身が責任を負う立場にあった、という思いを持っておられた為、弁護士に促され、しぶしぶと、本人の意に反した様子で、ボソッと「無罪」と発言したそうだ。

裁判の最中、他の被告の中には、責任をなすり付け合うような発言をした人物もいたようだ。しかし広田氏は一切、弁明をしなかったそうだ。広田氏本人が率先して戦争を引き起こしたとは言えない。でも広田氏は、自分も戦争責任を追うメンバーの１人だと強く認識し、厳罰を受け入れる気持ちが最初から備わっていたようだ。

そうして結局、この方は、文官の中でただ一人、絞首刑になってしまった。絞首刑の判決が言い渡されたとき、広田氏が、傍聴席の御家族へ向かい、首を縦に振って頷く姿が映像に残っている。どういう心境だったのだろう。傍聴席の御家族に向かい、「これでいいんだよ」とでも言いたかったのだろうか。

余談になるが、東京裁判の中で、大川周明氏が東条氏の禿げ頭を後ろからピシッと叩く有名な場面があり、映像に残っており動画サイトでも見られる。不謹慎だと思いつつ、このシーンは観て笑いたくなる。映像を観ると、叩かれた東条氏も振り返って苦笑いしている。悲惨な戦争の禍根を絶つ為の見せしめの裁判で唯一、緊張が解ける場面にみえてしまう。大川周明氏は果たして本当に病的な精神状態だったのか、本当のところは結局分からないという見方もあるようだ。

東京裁判でも、また東京以外の法廷でも、敗戦後、Ａ級戦犯以外で捌かれた人達が大勢いる。いわゆるBC級戦犯とされた人達だ。 （参考）https://www3.nhk.or.jp/news/special/senseki/article_3.html

ところで私の祖父は海軍の将校だった（過去記事）。もし私の祖父が戦死していなかったら、祖父も、戦後の裁判で捌かれたのだろうか。国の為に命がけで戦った結果がそれだと、家族もいたたまれない。

個人の精神面に与える影響は大き過ぎる

過去の大きな戦争では、戦争神経症と俗に言う病が、多くの兵士に表れたという。チック症状が出たり、足元がおぼつかなく歩けなくなったり、妄想を抱いて心身に変調をきたし、支離滅裂な発言をするなどの症状が多数の兵士にみられたようだ。戦場で爆音や命の危険にさらされた人が、極度の恐怖と緊張が続いた結果、重度の心身障害になったらしい。

第一次大戦中、そして第二次大戦中のさなか、それを「兵士が戦地に赴くのを拒否するための演技」であり、仮病だと決めつける人がいたと言う。欧米だけでなく、太平洋戦争中の日本でも、そのような病状をきたした兵士はいたらしく、日本では、”そのような兵士はいない。みんな嬉々として、国のために勇んで戦いに行っている”、と報道された事があったそうだ。

それから、その当時はストレス性の心身症への理解、治療方法の解明がまだ進んでおらず、医師から十分な治療も受けられず、でたらめな治療を受けさせられた人が多くいたという。

話は変わるが、私はもう随分前、愛新覚羅溥儀の著書、それから溥儀の弟である溥傑の書、溥傑の妻の伝記、さらにジョンストン氏の「紫禁城の黄昏」などを、夢中になって一気に読んだ事がある。

溥儀は、立場上プライドが高かったように思う。でも同じ人間としては、同情したくなる部分がある。自分の生き方を最初から選べなかった人。選択肢がなかった人。地位が高くても、それが幸せとは限らない、典型的な青年期を過ごした人だと思う。

当時、日本軍に協力したなどと言われても、彼の立場なら致し方なかっただろう。自分の王朝が滅び、地位が無くなるとなれば、何とか清国を再建できないか、どんな事をしてでも…と、手段があれば試みるものだろう。何と言っても皇帝だったのだから。

溥儀の著書に書かれていた事すべてが、彼の本音とは思わない。子供の頃に宦官を傅かせていた彼も、大人になり物事を知るにつれ、そして激動の人生を送りながら、生きていく為には詭弁や綺麗事を並べなければならない事は多かったと思う。晩年、溥儀は庶民となり、再婚し、妻のおかげで愛情に満ちた生活を送る事ができたという。それでも若い頃から、心からホッとしたり、気持ちが休まる事はずっと無かった人なのだろう。

いまも終わらない争い

私は…と言うと、戦争を知らず、平和な時代に生きてきた。そして私は、いつも惰性で生きている。

現在も、海外で起こっている戦闘や紛争で、たくさんの兵士が犠牲になっているという。戦火の映像などを観ると、自分が生まれた時、影も形もなかった、会った事もない祖父を想う事もある。祖父が戦死した事を考えると、私も戦死者の遺族と言える。そう思うと、戦闘や紛争のニュースを観るのはひときわ悲しい。

何のために死ななければならないのか。争い事を始めた首脳陣は、戦況報告を聞いて、戦略を立てるのみ。１人１人の兵士の命を大切に扱う事など考えてはくれない。ある国では、「実戦さながらの訓練だ」と上官に偽られ、自国外での戦闘に駆り出された兵士もいたという。

今、他国で、子供がいる地域を爆撃している人、その命令を下した人は、子供達がどんな恐怖の中で暮らしているのか感じてもらいたい。無垢な子供を勝手な大人の事情で犠牲にしてはならない。

某国で旧政権が倒れた。過去に独裁政権下で、庶民が不当に拘束され、拷問された様子が報道でどんどん明るみになっている。思想が前政権寄りではないという理由で、不穏分子にされ、不衛生な場所で拘束され、虫がはい回る粗食を与えられたり、さらに、僅かな食べ物さえ、容器を蹴り飛ばされ、食べられなかった人もいたという。不当な罪で粛清された人達も大勢いたらしい。

報道によると、前政権時は大学構内に検問所があり、政治的に自由な思想を持てず不当に拘束されたり、学生同士の監視もあったようだ。まるで旧東ドイツのシュタージで行われていたような事が、最近も他国で行われている。前政権が崩壊しても、残党の様な組織が暗躍しているという事を最近の報道で知った。

大きな戦争に限らず、小さな小競り合いもそうだけど、相手の思想を許容できるかどうかで、物事が良い方にも悪い方にも向かう。何が正義か？というのは、その人によって違う。誰かには、その誰かの正義がある。思想は個人個人で違っていても良いはずなのに、他者を絶対に認めず排除してしまうのは行き過ぎだろう。他人の価値観を認めれらず、自分こそが正義と思い込み、相手を100％悪だと見なせば、僅かな考えの違いだけで、異なる思考の人同士が決して共存できなくなり、健全な社会は絶対に実現しない。

困ったことに人間は懲りない。過去、やられた側は、やった方を憎み、その思いが未来へ連鎖する。しかし長い目で見れば、自国民を虐げて命を容赦なく奪う独裁者など、どんな世界にも要らないし、人を人として扱わない人間は、いつか必ず滅びる。歴史から学ばなければならない事だ。

過去に、強国から押し付けられた誤った協定などで、不平等や不均衡がいまだに残っているエリアが世界には多くある。そういうエリアは、いったん和平ムードになる瞬間があっても、次の瞬間にはまた争いが起こり、何度もそれを繰り返している。昔、世界史の授業で習った、何ともやるせない過去の取り決めが、今の偏った世界の構図を形づくるきっかけとなっている。学校で学んだ歴史というのは、過ぎた過去の問題ではなく、現代の秩序を形づくるベースとなっている。

パレスチナ種族の医師が啓蒙活動をしている様子を、報道番組で観た事がある。心を揺さぶられた。憎むべき相手を許すというのは、本当に難しい事だろうと思う。https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241031/k10014623561000.html https://amzn.asia/d/ftoAu8T

私自身は、生活の中で、なるべく誰か特定の立場の人に肩入れし過ぎず、誰かを、何かを、妄信しないように気がけている。ある人が良い事を言えば「いいな」と思うけど、同じ人が別の日に誤った見解や、どうしても共感できない事を言えば、私はちょっと違う考えだと認識し、自分の信念は揺らがないように保ちたいと思っている。

決して意固地になるという意味ではなく、貴方の考えもありますね、私はこうですよ…、という感じで、バランスが取れる時はそうする。上手くできるかどうかは別として、何かを妄信し過ぎたり、逆に毛嫌いし過ぎたら、価値判断が凝り固まって上手く生きられないと思う。

余談だけど、私は、街頭で大勢でシュプレヒコールをあげるような社会団体が苦手だ。その人達には、その人達の考えや、目的を実現する為の手段はあっても良いのだけど、でも場所を問わず、他人の迷惑も考えずに煩く叫ぶというのは、とにかく私は苦手だ。

実は、そのような集団を最近みかけた。とあるイベント会場へ行ったら、そのイベントの趣旨とは全く関係ない、ある平和団体の人達が、主張を書いたプラカードを掲げながら、声高に叫んでいた。人が集まる場所だったので、自分達の主張をアピールする格好の場所だと考えて、そこへ来て活動していたのだろう。

正直言うと、せっかくの楽しいイベント会場の雰囲気は壊れてしまい、台無しになり、ガッカリした。その平和団体の人達にとっては、大切な活動なのだろう。でも、活動の趣旨と無関係の場所へ、勝手に近づいて来て、周辺の場所を陣取って叫ぶのはいかがなものか。

その場所で開催されているイベントの趣旨に相応しいか否か、活動する時はTPOをわきまえて欲しい。その場所へワクワクしながら集まった人々の気持ちを踏みにじる結果になってしまう。場の雰囲気を壊していないか、他にもっと相応しい場所、異なる方法がないか、考えて欲しい。

何かポリシーを持って懸命に頑張ること自体は、素晴らしい事かもしれない。でも多くの人の迷惑になったり、他人への押し付けは良くない。自分と他人が、いつも同じトーンで、同じ事を願っているわけでは無い。それを想像できなければ、どんなに崇高な主張を持ち合わせていても、単なる押し付けに過ぎないものになってしまう。