動画サイトで太極拳の動きを学ぶ事(Part.1)

肌感覚と空間力を養えるのが「リアル」の良さ


以前、ある施設で、私が受け持つ太極拳講座の参加者の方から、こんな言葉をいただいた。「先生はyoutubeなどに動画をあげないんですか? それをみて家で復習しようかと思って~」と言ってくださった。自宅で復習なんて前向きで嬉しい言葉をいただき、「動画をアップする意味って、やはりあるんだなぁ…」と思った。

ただ、動画サイトへの投稿に関しては、私自身いろいろと思うところあって実行していない。ネット社会の中で暮らしているのだから、この先、状況によって臨機応変に対応する必要がある、とは思う。

限定公開であげても良いわけだし…。または、動画サイトにあげなくても、稽古中に私の動作を携帯で撮っていただく、という方法もある。しかし、その施設の講座は撮影禁止なので実現していない。

私はSNSのアカウントにも、このブログにも、自分の稽古中の動画をあげた事がない。そもそも世間様にお見せするほどの容姿でもないので(苦笑)、積極的に自分の姿を公開する気もしない。

そんな私でも、あるサイトには画像があがっている。講師契約している施設のウェブサイトの、太極拳講座の案内ページだ。そこには私の姿とコメントがアップされている。この発信自体、施設側が行ったもので、私自身は発信者ではない。

実は、コロナ禍になった2020年に、ある教室の皆様に向けて、私の動画を限定公開で送った事がある。2020年は、国や自治体から不要不急の外出禁止令が出ていたため、稽古の休止期間があった。そこで短い動画を撮り、youtubeにあげて、「今は外出できないので、これを見て一緒に運動して下さいね」という意図でURLを皆様へ送信した。それ以来、自分の動画は一切あげていない。

私が指導する側にまわるとき、心がけている事がある。それは、同じ空間で、みんなで一緒にその場の空気を肌で感じ、心の静寂までも全員で共有する事。日々の生活におけるストレス、脳疲労を緩和し、心の落ち着きを取り戻す時間を仲間と一緒に過ごす。

「ゆっくり動く時、その場の静けさ、雰囲気を、どうやって肌感覚で感じるか」は大切な要素で、動画の視聴だけでは得難い感覚だ。視線の流れる様子、肢体の指先まで意識下に置いた独特の動き、雰囲気、息づかいなどは、PCやスマホの画面上では分かりづらい。

動画だけでは、太極拳の繊細な動きを学ぶことは難しい。専門用語の説明や理論面なら動画でも学びやすい。でも実際の動き、特に力加減や姿勢を微調整するには、やはりリアルでの稽古がベターだと思う。

「そこまで細かくやらなくてもいいや…」という人もいらっしゃるかもしれない。だけど、動作を細かく微調整し、心身すべてを協調させて動くのが太極拳だ。だから、ただ適当に漫然と手足を動かすだけなら、それは太極拳では無く、他のちょっとした軽めの運動をしたに過ぎない。それだけでは太極拳の良さを享受することに繋がらない。

慣れない初心者の方は、どうしても力みやすい。指導する側は、その人の腕、脚、首、肩まわりなどの筋肉が、どの程度硬直しているか、体軸が微妙に偏っていないか、ネット空間ではなく、リアルで同じ場所にいれば、よく分かる。指導者が気づいた時、すぐに触れ、姿勢の調整ができる。

肩の微妙な緊張感などがあれば、息を吐きながら少し力を抜いてもらい、手で触れてミリ単位で肩の位置を調整してみる。そんなふうに指導者がそばにいて、姿勢や動きを微調整するのを地道に繰り返す事が、長い目でみると、その人の確実な上達に繋がる。

稽古後の充実感も、ネットより、リアルの方が素晴らしい。稽古仲間がリアルで同じ場所に集い、落ち着いた静けさのなかで一緒に動く事。それが安心感を生み、脳をリラックスさせる。だから私が思う理想の稽古は、ネット空間の中には無い。

勿論、参考になる動画は沢山あるのだから、動画サイトを大いに利用して良いと思う。ただ、リアルでの稽古に、ネット動画での学びが勝る事はないだろう。(参考:過去記事

私は若かりし頃、数年間、テニスと書道(ペン習字も)をやっていたので(参考:過去記事)、こんなふうに考える。

例えば、慣れない幼児が筆で文字を書くとき、先生が上から手を握って、一緒に腕を動かし、重ねた2人の手で書くようにすれば、幼児の脳に筆の軌道がしっかり刻まれる。そうすると、とめ、はね、はらい等のコツを、幼児は感覚的に掴みやすくなる。

テニスなら、例えば、初心者を対象に素振りを教えるとする。慣れた先輩や指導者が、1本のラケットのグリップを一緒に(手を上から重ねて)持ち、2人で持ったまま動かしてみる。そうして、ラケット面の向きと軌道を、しっかり感覚で覚えてもらうと良い。口で説明するだけで、「ハイ。じゃ、次やってみてね」と言うよりも、一緒に触れて動かした方が、感覚を掴んでもらう効果が上がる。

太極拳の場合も、きちんと学びたい人には、リアルで集って行う稽古が必要だ。動画だけでは、実際の空気感、肌感覚をつかむ要素に欠ける。動画を視聴するだけでは、感覚的なものを皮膚、骨、筋肉への振動や体温で、しっかり感じてもらう事ができない。

動画に限らず、実はリアルでも、「見て真似る」だけの稽古では、上手くいかない事が多い(参考:過去記事)。人が、目視だけで何かを正確に覚えるのには限界がある。

初心者の方が多い稽古場では、よくこんな事が起こる。その場にいる全員が、同じものを参考に見て、同時に同じ動作をしても、Aさんの腕は少々上がり過ぎ、Bさんの腕は横に張りだし気味になってしまう…等々。目で見たことを、寸分たがわず再現できる人など、滅多にいないのだ。

だから指導者がそばにいて、体に触れ、説明を加えながら手直しすることが必要になる。

他人の手などで触れられた感覚は、自分の皮膚感覚、末梢神経から、中枢の脳に送り込まれる。脳の感覚野にダイレクトに刻み込まれる。だから動画の視聴より、リアルの稽古の方が、感覚を養うのに適している。

同じ空間にいれば、繊細に動く様子が伝わりやすい。さらに指導者が触れて誘導すれば、細かい調整ができる。ネット空間にはない、リアルでの稽古の醍醐味だ。動画だと、どうしても視線の動きや、手先の力加減が分かりづらい。

そういえば最近は、脳梗塞の高齢者の方のリハビリにVRを利用する事があるらしい。脳で空間を感じてもらうという意味で、VRの良さがあるのだろう。太極拳の動きもVRなら、より楽しめそうな気がする(実際にそういうものはあるようだ)。それでも仮想と現実は、やはり違う。リアルで人が集まって、互いの息づかいが分かる場所で一緒に稽古する事には、二次元の動画も、仮想のVRも、遠く及ばないだろう。

動画サイトにあがっている動画の中には、有能な指導者の方の、分かりやすい、頼もしい解説動画もある。そういうのを参考にするのは、とても良い事だと思う。ただ、確実に言える事は、動画を10回視聴するよりも、リアルで推手練習を1回行う方が、繊細な感覚を養うために有効なのは間違いない。

過去数年間、推手を学んだとき、私はずっと下手糞だったけれど、自分の感覚がみるみる変わっていくのを感じた。推手を学んだ事で、套路練習の際の感覚にも変化が起きた。私なりに、感覚訓練をやっている実感があった。相手に触れて動くことを続けないと、得られない感覚だ。動画を視聴するだけの学びでは、そういう経験はできない。

動画は、”きっかけづくり”には良い媒体


仕事が忙し過ぎて、教室に通う時間が取れない人が、もし「仕事疲れの身体の癒しに、太極拳をやってみたい…」と思えば、動画サイトを観て少しチャレンジできる。その人が将来、「本格的に教室に通いたい」と思えば、先々で時間に余裕ができた時、そうすればいい。

当然、動画だけの独学では、変な動きの癖はついてしまうかもしれない。でも「やりたい!」と思ったときに始められず、機を逸するのも勿体ない。動画をみて、ちょっと動いてみる事で、それが将来、本格的に学ぶきっかけになるなら、それも悪くない。

昔々、ネットが無かった時代ならば、そういう人はチャレンジ自体を諦めたかもしれない。今なら思い立った時、好きなタイミングで動画を観る事ができる。

私が健康法として太極拳の稽古を始めた頃(約20年前)は、今よりも個人のレッスン動画は多くなかったと思う。20年前と言えば、通信手段も今より安定していなかった。スマホじゃなく、ガラケーが多かった時代。

今みたいにスマホで簡単に動画撮影…とはいかず、ビデオ機器を持参し、その録画分をディスクに落としたり、ケーブルで繋ぎPCに取り込んで編集…なんて、おそろしく面倒な事をみんなやっていたと思う。

20年前と言えば、子供の運動会なんかも、ハンディタイプのビデオ機器を持っている人が多かったはず。今では誰もが簡単に、屋内外どこででも、スマホ1つあれば、編集でも何でも即座にできる。

現在、いろんな個人、いろんなグループのレッスン動画や大会の様子が、溢れるほどネット上にあがっている。太極拳のいろんな流派、各グループの稽古風景、型の説明まで、あらゆるものを観ることができる。中国の太極拳動画も、そして欧米などの中国武術愛好家の動画も、いつでも簡単に観ることができる。動画の視聴だけでなく、オンラインレッスンも、自宅に居ながらにして簡単にできる。

動画を投稿した人が有能な方で、分かりやすく解説しているなら、初めて学ぶ人にとって凄く勉強になると思う。手の配置、脚の運びなどの確認も、大体は動画でもできる。

ただし、最初に述べたように、動画で太極拳を細かく学ぶのには限界がある事を忘れてはならない。

もし「長い套路を覚えたい」という人がいれば、自宅で動画を観て、動作の順番は確認できる。真面目にきちんと深く学びたいなら、リアルでの(稽古場での)指導者によるチェックが必要だと思う。特に、太極拳初心者の方の場合、基本の立ち姿勢が整っていないとか、思い込みで動いてしまう事が、ままある。

だから初心者の方が、最初から動画メイン、あるいは動画のみの練習をすることは勧めたくない。套路を早く覚えるに越した事はないけれど、雑な仕上がりになれば勿体ない。指導者による細かい手直しは、やはり必要だと思う。

ある程度、功が進んできた人が、新たな套路を覚える時などに動画は便利だと思う。しかし初心者の方で、立ち姿勢が整わない段階の人が、焦って、ほぼ動画だけの独学で套路を覚えたりすれば、変な癖が付きやすく、あとの修正が大変になる。

初心者の方の場合、とにかく姿勢の調整が最重要の課題なので、指導者が同じ稽古場で、そばにいて細かくチェックしたほうが良い。そうする事で、のちのちバランスの良い、ブレのない綺麗な動きができるようになる。

まずは力みの無い、基本的な立ち方に慣れていく事。頭部が微妙にブレていないか、肩があがって筋肉がこわばっていないか、指先が硬直していないか…等々、調整すべき点はいろいろある。

指導者が同じ空間にいて、時には体に触れ、何度も何度も、日を変えて調整を繰り返すことが、長い目で見た場合のレベルアップに繋がる。例えば、学生が試験勉強の際、短時間で丸暗記したものは、テストが終われば早々に頭から抜けていく。これは私自身も昔、高校時代などに経験済みだ。

太極拳の稽古でも、付け焼き刃は良くない。指導者と、習う立場の人が、一緒に長い時間をかけて、何度も何度も調整を重ねていけば、力まないで適切に動く感覚が、脳にも体にも染みついていく。

そんなこんなで、稽古のすべてが動画の視聴だけで完結する事はない、と私は思っている。とはいえ、誰かが、「特定の先生に付かず、動画だけで学ぶ」という事をやっていたとしても、それを批判する気にはならない。このような事は、その人の判断、その人の自由であり、人それぞれだから。

もし誰かが、動画のみで、先生に付かず、ほぼ独学でやっていく場合、最終的に本質に近づけるとは思えない。でも人によっては、「別に自分は本質に近づかなくても良い」とか、「手軽に、簡単に、少しやってみるだけで良い。本格的に学ぶ気はない」という考えをお持ちかもしれない。だから、やはり人それぞれとしか言いようがない。

(次回へ続く…)

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