気沈丹田を意識する利点は何だろう?(Part.1)

いろんな太極拳流派はあれど、「気沈丹田」という言葉は、多くの太極拳愛好者が念頭に置いて稽古するものだと思う。丹田とは実体が無く、概念でしかないが、人体に3箇所あると考えられている。上丹田は頭部。中丹田は胸部にある。そして下丹田は臍の下で、臍下丹田と言われる。臍の下は、気沈丹田で気を沈めるところ(過去記事参照)。

丹田は、物体としては存在しないけれど、あたかも実体あるものの様にイメージすれば、動作時のバランスが整い、心も落ち着く。太極拳のほかにも、いろんな武道などで、気を臍下丹田あたりに沈める意識を持つ事はあると思う。拙いながら、気沈丹田について、今の自分なりに考えた事などを書いてみようと思う。

気沈丹田は、健康に寄与する

呼吸法が体に良い事は、一般的に知られている。白隠禅師は、丹田呼吸法で心身を整え、禅病を克服した(過去記事参照)。

「白隠禅師—健康法と逸話(直木公彦著)」という書籍がある。そこには「気海丹田式の呼吸」とか、「元気を下腹部に満たす」などのフレーズが出てくるので興味深い。白隠禅師は、丹田呼吸法を実践し、健康を回復したという。

ただし丹田呼吸法については、現在、呼吸法を実践するグループ、人によって、解釈や方法が微妙に異なっている。「単に丹田を意識して深い呼吸をする事」をそう呼ぶ人もいるし、「丹田の周辺を柔軟にして気を巡らせ、逆複式呼吸をする事」をそのように呼ぶ人もいる。

呼吸法にもいろいろあり、息を止めずに吸ったり吐いたりする方法もあれば、吸ったあと数秒間止めてから吐く、という方法もある。白隠さんは、いったん止めて吐くやり方を実践していたようだ。どんな呼吸法も、無理せず、リラックスして深い呼吸をする事で、横隔膜の可動域は拡がり、気血の巡りが促され、内臓マッサージ効果が得られる。

もし胴体内のインナーマッスルに硬直があり、いわゆる呼吸筋が伸びやかに動かない場合、浅い呼吸になり、内臓を宿す腹腔内の循環が悪くなる。横隔膜の動きは妨げられ、充分に効率的なガス交換ができなくなり、内臓マッサージ効果も薄れる。

胴体内の筋肉に深い呼吸を促す柔軟性があれば、体中の巡りは良くなり、流動的なエネルギー変換が可能となる。太極拳の稽古では、首や胴まわりを含む体内の筋肉をすべて硬直させず、柔軟に保つ。そして気沈丹田を意識し、心身を安定させ、ゆっくり呼吸しながら動く。太極拳の稽古を重ねていけば、年数が経つほどに、無理のない深い呼吸が可能となり、気血の循環が良くなる。

呼吸筋に柔軟性があり、深い呼吸ができる人は、精神も落ち着き、腹部が充実した感覚となる。充実の「実」というのは、文字通り、空虚では無く、「何らかの実体が確かにある」という感覚。

丹田なるものは実際には存在しないけれど、太極拳の稽古などを真面目に続け、意識して姿勢や精神を整えて毎日を過ごせれば、徐々に自分の心身に特有の安定感が出てくる。力まずとも、ドッシリ落ち着いた感覚となる。

これは決して、腹まわりが硬直して凝り固まるという意味では無い。また、わざとらしく自分で腹を極端に膨らませる事でも無い。自然体で、深い呼吸を日々実践していけば、伸びやかで循環の良い腹内となる。

私は、太極拳の教室に来て下さっている皆様に、毎回、呼吸法を実践していただく。皆様をみていると、長く稽古を継続して呼吸に意識を向けてきた人ほど、深く、心地よい呼吸を実現されている。

運動不足、かつ浅い呼吸を続けてきた初心者の方に多く見受けられるのは、カッチーン!!と上半身が固まって、御本人が知らず知らずのうちに浅い呼吸をしておられる様子。そういうのは、表面から見てもすぐに分かる。呼吸法を実践しているとき、お腹や胸まわりの伸びやかなる様子が、熟練者と初心者では全然違う。

呼吸を深く、気持ちよくできて、体もしなやかに動く人は、太極拳動作もレベルアップしていく。そういう人は、動いているとき、精神の落ち着きが表情に現れるほど、特有のゆったりした雰囲気を醸し出し、落ち着いた貫禄の様なものが出てくる。

お腹や胸の奥の筋肉を柔軟に保つ事ができれば、体内に温存しているエネルギーは滞らない。常に、体の隅々まで気血、リンパ液が巡る。腹内には、自律神経の調整を促す神経叢がある。また胴体の内部、臍下丹田のすぐ上方には、腹部大動脈の分岐点や、リンパ液の貯蔵庫である乳び槽もある。だから、血液、リンパ液が滞りなく巡るには、胴体の奥深くの柔軟さ、お腹の深部の安定が必要となる。

丹田あたりに、気海、関元などの経穴がある。気海、関元の周辺を硬くせず、循環の良い状態を保ちたい。気海は、気の貯蔵庫であり、ここを適度に心地良く刺激すれば、生理痛や便秘など腹部周辺の不調に効果があると言われる。関元も臍下丹田の付近に位置しており、お腹の張りや生理痛などに良いツボだと言われる。

気海

気沈丹田を意識する事で、気逆を防ぐというメリットもある(過去記事参照)。逆上し、気がスムーズに巡らず、まるで頭に血が上った様な感覚の興奮状態となれば、血圧が急上昇し、健康に良くない。興奮、怒りなどでカッとなった状態は、気功や太極拳などに取り組む際の精神状態としても良くない。静かに落ち着いて、臍の奥、気海や関元のツボ周辺を柔らかく保ち、滞りなく気血を巡らせたい。

気は、体内をグングン動き、循環する

太古の中国大陸の人々が、体の神経伝達のからくりや全容を熟知していなかった時代から、気の概念は存在した。丹田に気を沈める。気をおろす。体中に気を巡らす。気を流す。気を運ぶ。これらの状態は、「丹田」や「気」に実体が無い為、リアルにイメージしづらい。

実体が無いが故に、説明しようと思えば、どうにでも言えるし、どうにでも受け取れる面がある。おまけに、辞書を引けば分かる通り、日本でも中国でも、「気」という文字には複数の意味がある。この文字の意味をどう捉えるかによって、気のイメージが微妙に違ってくる。

同じ「気」という文字であっても、気体(ガス等)、呼吸、気力、運気など、とにかく、この1つの文字には様々な意味がある。このなかで、例えば「運気」という熟語は、占いで使う文字として運勢を左右するものと捉える事もできるし、中国武術や気功の分野ならば「気の運行」を指す言葉となる。

さらに、古代中国の哲学では、「気とは、万物を形成するもの」という考え方もある。つまり「気」は、この世界、そして宇宙までも含めた世の中の全てを形成しており、目に見えるものも、見えないものも、実体あるものも、実体ないものも、全てが「気」で成り立っているという事。

だから「気」について詳しく説明しようとすれば、その解釈次第で意味合いが異なる。単純に「空気の事でしょ」とか、「人間の気力とか、やる気の事だよね?」というのも、確かに正しい。ただし見方を変えれば、古代中国の哲学のように、もっと壮大なスケールの事象を表すワードにもなる。

では、気沈丹田という言葉の中の「気」とは、何だろう。気沈丹田って何だろう。「自分の中に宿っているエネルギーを下腹部へおろして、いったん温存する」という意味にも受け取れるし、または、「精神を静める事」とも受け取れる。

一方、人体の構造や機能に関する事と、「気」を重ね合わせて考えれば、人体の中の「気の流れ」が「神経伝達」と類似したもの、とみなす事もできる。体内の神経伝達と、気の流れは、人体の機能が衰えなければ、生きている限り、滞りなく巡る。

長い間、気血の巡りが悪かった体は、何らかの病に罹患しやすくなってしまう。高齢になって運動を怠れば、当然、筋力が落ち、なおかつ硬直した体になっていく。長期間、体のケアを怠り、姿勢も前傾姿勢などの悪い状態で過ごしていれば、胸部も腹部も圧迫されて呼吸は浅くなる。また、脳に栄養をおくる頸部でも巡りが悪くなる。

御高齢の方に関しては、筋トレよりも、まずは、腹を据えて、無駄な力を抜き、臍下丹田を意識し、「姿勢を正す事」が先だと私は思う。姿勢が整わない硬い体のまま、青筋立てて筋トレなどを行えば、筋肉や腱を傷めやすく、かえって不健康になりかねない。

まずは無理せず、姿勢から整える方が断然良い。そういう意味で、太極拳や気功を生活に取り入れる事は、とても良い。過剰に無理せず、体幹を意識し、体と呼吸と精神を整えるので、理にかなった健康法だと言える。

丹田

高齢の方の中には、脊柱管狭窄症という病にかかってしまう方もおられる。この病、若者が罹らないわけでは無いらしいけど、圧倒的に高齢者に罹患者が多く、決して珍しい病では無い。勿論、老人の全員が成るわけではなく、一般的に言われるのは、老化が原因であるという事。また、腰に負担がかかる姿勢や仕事を長く続けた人、運動習慣が無く、長期間、筋肉を動かさなかった人が罹患しやすいらしい。

臍下丹田の位置を意識し、足底への体重の乗せ方のバランスを整え、胴部の安定を保てば、動くにも、立つにも、腰に大きな負担がかからず、力んで硬直した状態で動く事は避けられる。体の深部の安定は、無理な姿勢で踏ん張る事を避け、柔軟に、ほどよく心身のバランスを整える事に繋がる。


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